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【公式】楽しかった青春時代の思い出 に参加中!
夏のスポーツというと、何を思い浮かべますか?

こんばんは、エトワールです。

夏にあるスポーツイベントといえば、
甲子園を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。
私もよく甲子園の試合をテレビで観ていた思い出があります。

そして、甲子園=青春というイメージはありませんか?
結構このイメージを持っている人は多いんじゃないかなと思っています。
3年間と限られた時間の中で、
自分の時間やエネルギーなど、全てを注ぎチャレンジする。
多くの人がチャレンジし、晴れの舞台である甲子園の土を踏むのも大変。
だけど、チャレンジした人ならば味わっている、
振り返ったときの鮮やかな記憶。

私がキラキラ輝く女性を目指すきっかけとなった
経営者の渡邊芳樹さんも野球部出身だからか、
先ほど話したような甲子園の話をされることがあります。
(私がキラキラ輝く女性を目指すきっかけ→https://dekiru20211114.livedoor.blog/archives/11890423.html

渡邊さんと出会い、
いつからでも青春はできる!
打ち込んでいるときは大変でも、
振り返ったときに鮮明に覚えているのではないか
と問われたときのインパクトは今でも覚えています。
ただ言われてみれば、
確かに
と思う方もいらっしゃるのではないでしょうか。

今回は公式ネタブログの「楽しかった青春の思い出」に沿って、
青春の代名詞と思われる甲子園を中心に語っていこうと思います。

●甲子園のはじまりとは?
甲子園の始まりは1915年と、第1次世界大戦中でした。
名称も、全国中等学校優勝野球大会。
旧制中学の時代のため、中学4・5年生が参加していたのではと推測します。

開催場所も大阪の豊中と、
梅田よりもさらに北で
大阪大学や、太陽の塔といった万博公園がある自然溢れる地域になります。
そんな豊中に10校が集まって試合をしたことが始まりです。
最初の優勝もドラマがあり、
初サヨナラによる、初優勝!
京都二中が優勝旗を持ち帰っています。

1924年からは、今の甲子園球場にて開催されています。
甲子園球場での開催は
2024年で100年となると思うと、
もうすぐ記念すべき年がくるようです。

歴史を辿っていて衝撃だったのが、
最初のうちは朝鮮・満州・台湾でも大会が開催され、
甲子園の本大会へと進んでいたこと。
映画「KANO 1931海の向こうの甲子園」では、
台湾代表のことが描かれているそうです。
当時の世界情勢が甲子園からも感じ取れます。

もちろん戦争の影響で中止となったりしてますが、
中断しながらも再開し続けている大会と思うと、
多くの人から期待されている大会だと思います。

100年の時を経ても、
多くのものを魅了し続ける
”甲子園優勝”

多くの野球児が夢を追いかけ続け、
その夢を応援し続ける人が多いスポーツ。
どんなことも乗り越え、
全力で努力し続けるのが青春であるように感じます。

野球はやったことがないのですが、
経験者である渡邊さんに伺うと、
野球を通して、チームワークや、仲間と共に勝つという感覚を身につけたそうです。
渡邊さんはキャッチャーの経験があるそうなので、
フィールド全体を見渡し、チームのために貢献したプレイをしながら、青春してたんだろうなと思います。

(参考URL:日本高等学校野球連盟朝日新聞デジタル

●アルプスの応援の力
甲子園の試合を楽しむ人は多いと思いますが、
私はアルプスでの応援も見ているのも大好きです。
1929年にアルプスが完成されたとのことなので、
当時の方、アルプスを作ってくれてありがとう!という気持ちになります。

アルプスでの応援は、その土地ならではの応援が混ざっているのも魅力だと思います。
例えば、
・広島県:しゃもじを持って応援
・愛媛県:正岡子規の俳句「夏草やベースボールの人遠し」を読む
岩手県だと、宮沢賢治を絡めた応援があった気がします。
野球を通して、全国の特徴を知ることができたのも印象深かったです。

何よりもアルプスは、
選手に向けて、みんなで盛り上げて、応援し、
選手のやる気を引き出す存在だと思っています。
選手の全力でチャレンジする姿と、
その背中を押すような応援の存在との関係性が好きなのかもしれません。

東京オリンピックは無観客で実施しましたが、
選手としても声援ありの方が実施しやすいという話と繋がっているかと。
選手だけでも成立するけれど、声援もあるからさらに盛り上がるし、
一致団結する雰囲気になるんだと思います。
(オリンピック競技としての野球→https://dekiru20211114.livedoor.blog/archives/12352577.html

そして、なんと今年は、
映画「20歳のソウル」で登場した市立船橋高校が甲子園に出場!
(映画「20歳のソウル」→https://dekiru20211114.livedoor.blog/archives/14372328.html

「20歳のソウル」の主人公である若き作曲家によって、生み出された応援歌があります。
怪我で試合に出場できず、応援団長になった友への応援として、
市船を応援する応援歌である市船soulを創り出します。
不思議なことに市船soulが流れ始めると、点数が入るのだとか。

今年は甲子園の大舞台で、市船soulが鳴り響いていたことになります。
今年映画公開だったので、市船soulを背負って、市船高校は出場を決めてくれたのではないかと感じます。
若くして作曲者は、長き旅路に旅立ってしまったけれど、
今もその応援歌は語り継がれている。
多くの人を応援し続け、
多くの人の胸に響き続く音楽。

甲子園は、現役の高校生が全力で挑むイメージが強かったですが、
OB・OGの想いも混ざり合い、
色んな人の夢が詰まっている場所だと思います。
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今回は青春をテーマに
甲子園のはじまりと、アルプスの応援をご紹介しました。
今年の甲子園は8月22日に決勝戦で、全国優勝校が決定します。
多くの汗と涙をその土に流して。

甲子園を振り返って、
学生時代は良かったと感じる人、
部活に打ち込んだ思い出を思い出す人と様々ではないでしょうか。

私自身、甲子園に行くとか青春!というイメージを持っています。
そんな私も学生時代は、人見知りにも関わらず、
人に感動を与える舞台ってすごい!私もやってみたい!という想いで、
演劇部に飛び込み、周りになんでお前が!?と衝撃を与えたことがありました。
自分が苦手なことが多い中、全力でやり続けたのも、今となっては青春だったかもと感じます。

自分の過去話を通して問いかけたいことは、
できるかどうかわからなくても、
目標に向かって努力した経験をお持ちなのではないでしょうか。
人によっては、部活でなく、受験勉強だったかもしれません。

今回みなさんに問いかけたことは、
実は渡邊さんから問いかけられて、気づいた事でした。
ただやりたい!と憧れの気持ちから、
新しいことにチャレンジすることが当たり前だったなと。
そう。できる、できないでは決めず、ただやりたいという気持ちを原動力にして。

ただ、私は大人になっていくうちに失敗が怖くなり、
過去は良かったと振り返る日々が多かったです。
それは自由と感じる時間の長さと、
チャレンジしやすい環境であり、
多くのことから選択できる感覚があったからかもしれません。

渡邊さん自身も
元々は東京電力にお勤めで、電気のレスキュー隊をする技術職。
大手で安定で、手に職に就いており、
めちゃくちゃ安定思考だし、ミスが怖かったそうです。
ただ、同じ山梨の先輩に出会ったことをきっかけに、
経営者を目指すようになったと伺っています。
安定思考ならば、経営者を目指すという選択はめちゃくちゃ怖かったと思います。
けど、自分の夢に向かって、やりたい!という気持ちが
49:51で、ただちょっとでも強くなったから今があるんじゃないかと感じます。

そして、渡邊さんは独立を目指して努力し続け、
今ではオーガニックショップを経営するようになり、
自分が選択できる時間・お金の幅が広がったと伺います。
たまに仕事仲間と旅行に行かれている話は憧れです。

渡邊さんは経営者になった今でもチャレンジし続け、
目標に向かって頑張っている話を聞くたびに、
話を聞いているだけにも関わらず、
自分もやりたい!という気持ちになるので不思議です。
それは、渡邊さん自身が努力するだけでなく、
誰かを応援する気持ちが強いのが影響しているのではとないかと感じます。

渡邊さんが経営者になるという目標を達成した後も、さらに挑戦し続けることができるのはなぜだろうと思い、考えてみました。
学生時代は時間もあり、選択肢があり、チャレンジしやすい環境だったからこそ、
色々なことに挑戦しやすいと仮定してみます。
ならば、努力して経営者になり、時間やお金の選択の幅が広がることで、
さらに自分の選択肢が広がり、挑戦しようという気持ちになりやすい可能性が考えられます。
そう、まるで学生時代の感覚のように。やりたいという気持ちを原動力に、さらに動けるんじゃないかと。

だからか、渡邊さんがおっしゃっていた
いつからでも青春はできる!
を、ご自身で体現されており、
いつお話しをしても、輝いているように感じます。

それは夢に向かって、渡邊さんの目が輝いているからでもあり、
内側から溢れ出すワクワクする気持ちや、
夢を実現するぞという意志の強さにも感じます。

渡邊さんのお姿を見るたびにイキイキしていて、
とても充実しているように見えます。
私もあの頃は良かったで終わるのではなく、
これからでも全力で目標に向かって頑張り、
青春のような日々を過ごせるように努力していきます。